No.205(2008年7月号)

どうゆう みやぎ

宮城県中小企業家同友会
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発行日/毎月1日発行

第38回 中小企業問題全国研究集会 第17分科会報告

企業風土と地域風土が生んだ“一ノ蔵”物語
醸造文化の伝承と革新で6次産業づくり


(株)一ノ蔵 代表取締役会長 櫻井 武寛氏

 (株)一ノ蔵は、手づくりで高品質の酒づくりと醸造発酵技術を通じての地域活性化を目指し、1973年に県内四軒の蔵元が一つになり誕生ののち、東北を代表する企業として成長してきました。“生え抜き”杜氏の育成や当時の級別制度に一石を投じた「一ノ蔵無鑑査本醸造」の発売、日本酒の新たな可能性を追求した日本酒版のシャンパンともいえる「すず音」の開発など醸造文化の伝承と革新に挑戦し続けてきました。

日本酒業界の構造改革のなかで

 日本酒業界は近年厳しい状況にあり、毎年 5%くらいずつ売上が落ちてきています。一ノ蔵を設立した1973年ころがピークでした。当時は生産量が 1000万石 (1升瓶で10億本分、180万キロリットル) に近づこうという数字でした。いまや400万石を切り、まもなく300万石を切るだろうと予想されています。ここ30年で6割の市場を失ってしまったわけです。
 酒造メーカーの数も、私が業界に入ったころは約4000社近くありましたが、現在は実質1500〜1600社ぐらいまでに激減しています。そのうち13社で生産量の5割を占めているというのが日本酒の業界です。
 69年に自主流通米制度ができて、酒の業界も、それまで国税庁が全て需給バランスを取って酒を作る量を決めていた温室のような状況から突然外に放り出されてしまいました。そして4つの大きな選択を迫られました。大手として卸を通して販売、卸を通さず、直接小売店に販売、桶売り (原酒販売) 専門の業者になる、廃業する。廃業するときは転廃給付金を出します、とのことでした。
 この構造改革がきっかけとなって73年、宮城県内の(株)浅見商店、勝来酒造(株)、(株)桜井酒造店、(株)松本酒造店の4つの蔵が1つになり、一ノ蔵が誕生しました。
 最初は苦労しましたが、この30年で6割も減った市場の中で、一ノ蔵は売上を 5 倍くらい伸ばしてきています。これも、いろいろな人との出会い、そして社員の懸命な努力があったからこそだと思います。

級別制度への挑戦

 日本酒には92年まで級別制度がありました。国税局の級別審査に出して初めて1級、特級が決まります。審査に通るコツはきれいに仕上げることです。何度もカーボンでろ過したなるべく透明できれいなお酒、全く特徴の無いお酒が審査を通るわけです。本当の品質は 2の次ではないかと疑問に思っていました。
 当時、大吟醸のほとんどは、審査を受けずに2級でした。特級にするには、審査を受けるだけのお酒の量が必要ですが、大吟醸は量が非常に少ないため、審査に出せないのです。社内で検討したところ、「じゃあ、2級でいい酒を出そうよ」ということになりました。
 77年に、品質の優秀な「一ノ蔵無鑑査本醸造」を2級酒として発売しました。「本当に鑑定されるのはお客様自身です」とラベルにうたったところ、弊社の流通関係者から賛意があり、一方、役所からは目をつけられました。しかし、結果的には消費者に受け入れられることになりました。
 この教訓から、「お客様の方を向いていこう」「質を大切にしていこう」「本当においしいものを提供していこう」「高品質のもので2級を作っていこう」という会社の方針が決まりました。この「無鑑査」の酒が、一ノ蔵を立ち直らせるきっかけとなりました。

理念のキーワードは信頼

 経営理念は1992年に策定しました。会社の特徴は何か、会社の強みと弱みは何かを自分たちで議論しながら、作り上げていきました。
 一ノ蔵は、現社長の祖父が初代社長です。当時、初代社長だけが飛び抜けて年上で、ほかは皆、20代後半から30代前半という4人の若い酒屋が集まって作った会社でした。酒造組合の会長だった初代社長は、会社設立時、自分の私財はすべて無条件に担保提供してくれましたし、会社の印鑑だけでなく、個人の印鑑まで財務を担当していた私に預けて、自由にハンコを押させてくれていました。私たち若手を信頼し、会社のことでは一切口を挟まず、責任は全部自分が取るという人でした。酒に関しては「手造り」にこだわる人でした。
 この「初代社長への信頼、社長からの信頼」が、会社設立時の私たち若手4人の原動力でした。そこで、理念のキーワードは「信頼」にすることが全員一致で決まりました。

社員・顧客・地域社会

 この理念には、「お酒」という言葉は一切含まれていません。酒だけに制限された会社にはならないとの思いが込められています。
 もう1つは、「社員・顧客・地域社会」という結びになっていることです。最近ニュースでもよく取り上げられる会社の不祥事などは、全て内部告発から表面化しています。やはり社員たちがおかしいと思えば、結果的におかしいということなのです。「社員の信頼なくして、会社は成り立たないだろう」ということで、一ノ蔵では「社員・顧客・地域社会」という順番にしてあります。

商品開発で新たな可能性の追求

 私どもでは、いわゆる伝統酒のほかに、アルコール度数の低いお酒を新しいジャンルとして持っており、現在、このジャンルのお酒が数量ベースで10%くらい占めています。
 最近話題になっているのが、酒メーカー28 社が加盟する「日本酒ライスパワーネットワーク」というグループと開発した「すず音」というお酒です。シャンパンやビールのような発泡性のお酒ですが、タンクで発酵させ、あとからガスを吹き込むのではなく、酵母を生かしたまま瓶に栓をし、発酵させます。発酵すると、アルコールと炭酸ガスができますが、そのまま炭酸ガスを瓶の中に封じ込め、殺菌して一定のガス圧をためて完成させます。
 「すず音」は、酒の種類では清酒になります。発泡酒でもリキュールでもない、日本酒の規格で商品開発ができたことが特徴となっています。これからも、醸造発酵という範疇で、いろいろ手を広げていきたいと思っています。

農業に参入

 一ノ蔵では、一般人対象の「一ノ蔵日本酒大学」や、小学生を対象とした「いちのくら微生物林間学校」など、地域とのかかわりを大事にしていますが、一番に取り組んできたのが農業です。農業問題と環境問題は、末期に近い状態と言っても言いすぎではないと思っています。
 この地域でも耕作放棄地が増えています。農業政策が変わりましたが、現状は厳しい状況が続いており、農家を継がない人が増えています。この農家の方たちが生産する米を原料としているわれわれが農業問題にかかわらないで、本当に酒造りを考えていけるのかということが、理念から出てきました。
 そこで、この地域で私どもの原料になるお米を作っていただける農家を募り、酒米研究会をつくりました。農業法人も検討しましたが、結局、経済特区となって、一ノ蔵として農業に参入し、お米が作れることになりました。契約農地は 7 町歩くらいあります。

6次産業で地域と共に

 これからは、酒づくりだけでなく、1次産業、2次産業、3次産業をトータル的に考えていこうと、若手が「6次産業」という提案をしてくれました。
 私どもはメーカーであり、流通の仕事もしています。農業も含めたトータルな中で生きており、1つのマネジメントサイクルができています。このサイクルが完結型となり、生活している地域で農産物を作り、それを原料にした生産物を売り、その利益をまた地域に還元するようになると、独立した循環型社会を作ることができます。極端に言うと、「損益分岐点の位置が限りなくゼロに近づく6次産業」という考え方です。
 自分たちが生きることと会社が生きることがイコールで結ばれるような、地域産業と共に歩む、それが「6次産業」だと思っています。そんな姿を実現することができるようになれば、理想郷なのかなと考えています。
 企業の存続目的を考えてみると、生態系、即ち生物の生への執着と同じであると思います。根底にある「何のために」は、子孫を残すためです。子孫を残すためのすさまじい執念があって初めて、生物は自分の子孫を残すことができるのです。企業も同じです。企業の DNA (会社の方針) を確実に後世に伝えていくこと。会社は人とともに魂の入った理念で動いています。これからも社員と全員一致で毎年の経営方針を作り、確実に理念を実践し、後世に伝えてくれる人に会社を運営して欲しいと考えています。

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