2005 経営研究集会第1分科会
「社員の意欲を引き出す経営理念と企業づくり」          
    
(株)和光 社長 田中 傳右衛門氏


激変する市場の中で

 20年ほど前には日本全体で2兆円といわれていた着物業界も今では4分の1の5000億円と大幅に収縮し、 特にこの5〜6年は激動の時代で、 道内の和装卸売業の4社中3社が倒産・廃業を余儀なくされました。 その中で当社は経営指針づくりを推し進め、 社員教育に力を注ぎ、 社員と共に誠実な商売をしようと心がけてきました。 気がついてみると、 当社は北海道の地域和装卸売業でトップになっていました。
  私は 「傳右衛門」 という珍しい名前ですが、 近江商人の系譜で代々名前と商売を世襲しています。 父が47歳の時に生まれた長男ということもあり、 大事に育てられました。 襲名したのは先代の他界後、 私が31歳の時です。 数学が好きだった私は、 大学を出たら学者になろうと考え、 事業は親戚にお願いするか、 会社の中から人を取り立てようと思っていました。 教授からも 「中小企業なんていつ潰れるかわからないし、 そのまま残って研究者の道を歩みなさい」 と強く言われる。 そんな時代でした。
  当社は、 父が親類に頼まれて再建した着物問屋で、 私の入社当時は着物の卸が100%でしたが、 今はその割合も55%ほどで、 あとはオリジナル婦人物コートの製造卸と、 バッグ・宝飾品の卸が占めています。 また、 札幌市内に和装部門のアンテナショップを2店もつなど、 従来の呉服問屋とはちょっと違った事業を展開していることも特徴のひとつです。 業歴は古い会社ですが、 父は後継者難のため、 極力借金を減らして廃業する態勢をとっていたようです。 それに気づいた社員がこれは大変だと私を説得に来ました。
  どうしても後を継がざるをえなくなった私は、 2年間、 京都のお取引先にお世話になり、 昭和46年に常務として当社に入社します。 しかし、 半年後に父が脳梗塞で倒れ、 ただちに代表取締役副社長に就任しました。 病床の父は、 「だまされるぞ、 気をつけろ」 が口癖でした。 父が高齢で、 現場を幹部社員に任せっぱなしにしていたこともあって、 社員のモラルは低下し、 社内に売上のごまかしや不正もはびこっていました。 警察や税務署の調査に経営者は平然としていても、 社員はおろおろするありさま。 世間知らずだった私は、 北海道同友会の事務局によく相談に行ったものです。
  仕事を進めていく上で、 「任せる」 ことは大切です。 しかし 「任せる」 のと 「放任する」 のは違います。 人間は時に間違いもおこします。 だからきちんとルールを決めてチェックをしたり、 基本を徹底しなかったことが大きな反省としてあげられます。


信用の大切さ 〜経営者の姿勢が共感を生む〜

 私は30歳から42歳まで12年間は、 どこに行くのも着物で通していました。 初めは自己修練の気持ちからでした。 毎日着物を着るということは、 買う立場になるということでもあります。 問屋といえども、 自分が着る物を会社の経費で買うわけにはいきません。 12年間で2千万円を越える着物代がかかりましたが、 売る立場から買う立場でものを考えることができるようになりました。 その後、 経営理念を作る上でも大変参考になりました。
  実を申せば、 私は15年ほど前に、 北海道の代表理事のピンチヒッターとして仙台で報告させていただいたことがあります。 もがき苦しみながら経営している話を聞いた参加者の方が、 「うちも同じだ。 一緒にがんばろう」 と励ましてくださり、 何と3人の方から高価な着物のご注文をいただきをました。 びっくりするやら、 うれしいやら。 感激の体験でした。
  まもなくして、 当社の中核を担っていた幹部がそろって辞めてしまうという事件が起こり、 その後に3000万円近い不渡りをつかまされました。 しかしそれだけでは終わらず、 当社と同じ小樽出身の二軒の呉服問屋の倒産をきっかけに 「どうやら和光も危ないらしい」 という信用不安までも起こったのです。 噂とは大変怖いもので、 財務体制が万全であるにもかかわらず、 商品が8割方ストップする事態に見舞われました。 商品がないと商売にはなりません。 困った私に、 以前お世話になった京都の卸問屋の社長が 「こんな時だからこそ、 仕入先を集めて新年会でもやったらどうか」 とアドバイスをくれました。 新年会の挨拶に立った私は、 信用不安で商品が入らない会社の状況と私の経営姿勢を本音で語りました。 すると、 最も年長の取引先社長から 「これほどまじめに経営しているのに、 私たちはなんという噂話をしていたのだろう。 大いに反省して応援しよう」 とご挨拶をいただきました。 翌日からすべての仕入先から商品が入り、 信用不安は収まりました。 社内も 「雨降って地固まる」 のごとく全社員が結束し、 在庫も減って財務内容も一段とよくなりました。

あなたの話には理念がない〜同友の忌憚ない意見から気づかされたこと〜


 当社の経営指針づくりは、 1976年に札幌で開催された青年経営者全国交流会に遡ります。 分科会で報告した私は、 広島の会員の方から 「あなたの話には理念がない」 とスバリ指摘されたのです。 経営計画のようなものはつくっていましたが、 まだ経営理念は成文化されていませんでした。
  そんな中、 税理士事務所から 「経営実践塾 (全社員参加型経営計画書づくり)」 に参加してみないかと誘われ、 1年間かけて 「経営方針書」 をつくったことがあります。 まず、 全社員から意識調査を行いました。 自分は同友会で勉強して率先垂範しているし、 悪くても真ん中ぐらいだろうと思っていましたが、 何と参加していた13社中最低の評価でした。 給料アップや、 福利厚生整備をきちんとしてもこの結果です。 私は納得できず、 誰が書いたのか特定できない方法で記述式のアンケートを実施することにしました。 するとさらに驚くことに 「社長は経営者に向いていないのでは。 教師の方が向いている」 など、 手厳しい意見や評価のオンパレードです。 これには大変ショックを受け、 経営意欲を失くしそうになりました。 でも困った時には同友会に行って大久保専務理事 (当事。 現相談役理事) に励ましてもらうのが一番。 大久保さんは、 「田中さん、 このぐらいならまだ立派なものですよ」 と慰めてくれたのです。 「社員の声は天の声」 ともう一度謙虚に受け止めてもう一度やり直そうという気持ちになり、 社員に協力を仰ぎました。
  以後、 毎朝社員一人ずつと朝食会兼個人面談を5年間続けました。 つい社長が多く話してしまいがちですので、 聞く側に徹するよう心がけると社内の雰囲気も変わってきました。
  また、 同友会で学んだことを会社に持ち帰り、 幹部と一緒に学ぶことも心がけました。 合宿をして中同協の赤石会長の著書なども読み合わせをし、 ディスカッションをしています。 何度も繰り返すことで、 「人間尊重経営」 とは何かということもじわじわと社内に浸透していきました。
  同友会のいう 「人間尊重経営」 とは、 利益最優先を掲げる 「市場原理主義」 とは対極に位置するものです。 社員を利益追求の手段と見るのか、 それとも経営者の最良のパートナーと見るのかでは、 まるっきり違ってきます。 社員と一緒に、 「何のためにわが社は存在するのか?何のために私たちは働くのか?」 と真剣に論じ合えるかどうか。 ここを掘り下げていかないと、 「儲けることは結果であり、 利益は企業が社会的に貢献するための原資であり、 手段である」 ということも見えてこないと思います。
  お客様の立場に立って考えれば一目瞭然です。 儲けを第一に考える会社で何かを買ったりしようとは誰も思いません。 社会に支持されるということを優先させるのが人間本来のあるべき姿ではないかと思います。 近年、 日本でもおかしな事件がたくさん起こるようになりましたが、 私は市場原理主義がもたらす人間崩壊とも関係があるように思えてなりません。

社員が主体になって経営理念を外部発信

 当社の経営指針は、 例年11月初旬に社員から集めたアンケートの内容をもとに11〜12月の経営会議で検討し、 1月からは各部署ごとで検討していきます。 3ヶ月間かけて各部署の経営計画がまとまると、 いよいよ発表の日を迎えます。 今年 (2005年) は、 4月2日に全社員が集まり発表を行いました。 毎月各部署ごとにチェックと検討を行いますが、 3ヶ月に1度は全社員で集まって会議を行います。 しかしもっと深い話し合いが必要なのではないかと思うようになり、 私と常務が、 15名いる営業担当者の一人ひとりと、 毎月約2時間をかけて、 その人の目標の点検と3ヶ月先までの計画・行動をチェックするようにしました。 本当にできるか、 できなければどうしたらできるか、 一緒に悩んで考えてあげることにしたのです。 今年の6月から始めて少しずつではありますが、 目標に近づけるようになりました。 当社の経営指針づくりの大きな特徴のひとつです。
  当社では、 年2回展示会 「和匠苑」 を開催しており、 この7月で61回を数え、 北日本最大の展示会といわれるようになりました。 7年ほど前、 売上減が続いたことを機に、 私は経営会議で継続は困難と、 中止の宣言したことがあります。 すると、 2〜3日して社員が 「もう1回だけチャンスがほしい。 次がだめならあきらめる」 と私のところにやってきました。 社員がここまで本気で、 わがこととして取り組みたいというなら、 反対する理由はありません。 以来、 毎回売上が2ケタくらい伸びるようになり、 以後連続11回売上げを伸ばしました。 背景には、 社員のやる気やモラールのアップ、 当社の経営理念である 「装いの美しさと心の豊かさを提供しよう」 の実践があったのではないかと思います。 この展示会は、 参加されたお客さまがわくわくと楽しめる催しになっています。 中でも好評を博す 「思い出記念日ファッションショー」 は、 一般のご婦人が1万円の参加費を払って参加する着物ショーです。 朝からリハーサルを行い、 お弁当を食べ、 お気に入りの着物を着て、 プロが施すヘアメイクでスポットライトを浴びると、 皆さん大変輝いて見えるものです。 この展示会には、 案内状、 ヘアメイク、 着付け、 音響照明、 食事など、 同友会の仲間の協力もたくさんいただいています。 まさにみんなの思いがひとつになれる一日なのです。

社長の仕事は何か

 「こんな見通しのたたない時代に経営計画書なんてつくれない」、 「経営指針で会社は本当によくなるのか」 とおっしゃる方もいるかもしれません。 見通しが悪いからこそしっかり考え、 徹底して取り組むことが大切です。 うまくいかないのは、 徹底が中途半端なのです。 大切なのは情熱をもって継続することで、 その先頭に立って皆を導く役割を担うのが社長です。 ゆえに社長のもっとも大事な仕事は経営指針づくりであると私は思うのです。 中小企業家同友会が産声を上げて早40数年、 現在、 全国の現在会員数は3万8000社になりました。 同友会にはこの40数年間、 同友会に関わった数万名の会員の知恵が蓄積されています。 よく 「血と涙と汗の結晶」 と言われますが、 同友会のバイブル (人を生かす経営・経営指針成文化の手引き) としてまとめられた書籍なども全社的に活用しながら、 社員も含めて同友会を積極的に活用していただきたいと思います。 熱い思いをもって気張らず、 急かず、 諦めないことが大切です。



■同友会大学受講の感想より

 

■『自然環境の回復・復元に挑戦し、善循環型社会の実現を』

■「社員の意欲を引き出す経営理念と企業づくり」

 

■社員との固い絆であなたの車にMagicを!
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