No.207(2008年9月号)

どうゆう みやぎ

宮城県中小企業家同友会
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発行日/毎月1日発行

宮城同友会 農業部会5周年記念講演

「農業問題の根本は何か、地域再生の視点から」
〜地方経済と第一次産業〜


弘前大学 農学生命科学部 教授
神田健策

1. 世界はなぜ急激な食糧危機に陥ってしまったのか

 今年の『農業白書』では、穀物価格の高騰により新たな時代に突入したと謳われています。大豆、とうもろこし、小麦、米の価格が2倍から3倍になっています。今年の世界の穀物在庫率はアメリカ農務省の発表では14.9%になっています。1970年前後、初めて「食糧危機」という言葉が使われはじめた時の在庫率は17.9%であり、当時は17%を切ると食糧危機の状態といわれていました。現在はそれを大幅に上回っている状態です。6月初めにローマで行われた国連の食糧農業機関(FAO)の主催による食料農業サミットでは、2030年までに食糧の生産を倍増する必要があると改めて提唱がなされました。
  現在の地球人口は67億人、そのうちの8.6億人が飢餓人口といわれています。2050年には人口が91億人になると予測されています。発展途上国の中国、インドなどは食生活、生活水準も上がっており、食糧不足の大きな要因の一つとなっています。ここ7年間、世界での生産と消費の関係を見ると、1年間のみ生産が消費を上回っていますが、残りの6年間は消費のほうが上回っているのが現状です。人口の増大による食生活の改善がなされ、消費が上回っている一方で、飢餓人口が増大しています。また、人口増と同時に世界的な水不足、土壌の浸食、温暖化による収量減などが指摘されています。
  近年、とうもろこしやサトウキビがエタノールの原料として使われはじめ、石油の補助的な役割を担いはじめ脚光を浴びています。しかし、飼料や食料用のとうもろこしまでがエタノールの原料に廻り始めており、日本にも非常に大きな問題をもたらしています。日本の畜産業の飼料の90%以上はアメリカから輸入されていますが、エタノール化が飼料不足と価格の高騰問題を引き起こしています。
  大豆の日本の自給率は現在8%前後で、ほとんどアメリカからの輸入であり、日本向けに遺伝子組み換えをしていない大豆を生産していますが、現在はエタノール化に出荷したほうが値段が高く、日本向け大豆が不足している状況になりました。
  もう一つの大きな要因として、サブプライム住宅ローン市場などに向けられていた投機マネーが、石油と穀物の市場に流入してきている問題があげられます。アメリカのコーンベルト地帯に約300位の工場が建設されていますが、そこに投機マネーが流入し、価格を吊り上げており、今年に入ってから急激に上昇しています。
  ロシアなどの食糧輸出国も輸出規制を始めています。 「食料品は安いから買えばいい」と言う訳にはいかなくなってきました。この値上がりは「序曲」でしか過ぎず、まだまだ上昇の要素があると思われます。
  中国の餃子事件もまだうやむやな状態です。なぜあのような事件が起こったのか、それは、極端に安い賃金で雇われている中国労働者の不満から起こったと私は見ています。また、食料自給率が低く輸入食料が多くなっていることと、安いものを求める日本の消費者層の増加が生み出した事件ともいえるのではないでしょうか?

2. 減反政策による代償

 世界的に米不足が騒がれている中、日本ではさらに減反政策が加速しています。米を「過剰」作付けしているから値段が下がっているといって減反をさせているのです。しかし、今年の状況が平成5年の大凶作(作況指数が74)と同じような事態になると、大変な米不足になってしまうことはあまり知られていません。
  日本の食料自給率は2006年の時点で39%となっています。生産者米価が低落し地域経済が混迷していますが、全体的に米の比率が高い所ほど疲弊しているのが現状です。それなのになぜ生産者米価が下がっているのかというと、米を輸入しているからなのです。1995年、ミニマム・アクセス米として日本の消費量の4%に当たる量(40万t)を輸入したのが始まりです。今日では宮城県の生産量よりも多い77万tの米が輸入されています。世界貿易機関(WTO)との約束によって、毎年輸入を余儀なくされ、その結果、150万トンの輸入米が余っているのが実態です。そして、その余っている米をフィリピンなどの米不足国に対する援助をしようとしても、政府はアメリカに打診をして了解を得ようとしています。米の援助についても、日本の自主性が発揮されていない状況になっているのです。
 東北地方の農業産出額の推移を見てみると、1985年から「米を自由化しろ」というアメリカの圧力に負けて、1995年から米の自由化に踏み切ったのですが、1985年をピークに東北の農業産出額は急激に下がりました。85年を100とすると現在は3分の2まで落ち込んでいます。同時に人口も同様の落ち込みを見せています。青森では1983年に153万の人口でしたが、現在は139万人まで落ち込んでいます。また、2006年の生産者米価から換算した1時間あたりの農家の労働報酬額は256円となっており、現在の最低賃金の全国平均687円にも遠く及ばないというのが現状です。最近ワーキングプア(年収200万以下)という問題が取沙汰されていますが、その水準よりも下だということです。これは農家だけの問題としてとらえるのではなく、地域経済全体の問題として真剣に考えなくてはならないことだと思います。

3. 漁業、林業の現状と問題点

 昨今、重油価格の値上げによる休漁問題が騒がれていますが、1バレル当り50〜60ドルが妥当といわれていた価格が、現在は140ドルになっています。来年から再来年には160ドルまで上がるだろうとも予測されています。
 漁業の食用魚介自給率は2006年に59%まで下がりましたが、昭和の末まではほぼ100%でした。日本人は1人当り魚介類を米とほぼ同じ量を摂取しています。現在は40%を輸入魚介類に頼っていますが、外国産の輸入価格がだんだん高くなっていくことが当然予想されます。四方を海に囲まれ、非常に豊かな魚介類が獲れる日本ですが、漁業政策においても自給を高めることを重視していないという問題があるのです。
 また、林業の自給率ですが昭和35年には90%近くありましたが、現在は20%まで落ち込んでいます。いまはほとんどが外材です。農業がダメ、漁業がダメ、林業がダメ、これでは“美しい国”とはいえません。

4. なぜ自給率を上げなければいけないのか、どうすれば可能なのか?

 なぜ日本の自給率を上げられないのか?まず、日本の自給率の低下が世界の食糧不足に影響を与えていると認識することが重要です。世界人口の2%の日本が、世界の食糧市場の10%も輸入をしているのです。日本は決して農林漁業に不適切な国ではありません。新鮮で安全な農林水産物を得ることができる世界中でも数少ない国だと私は思っています。そういう国が外国から買っていること自体が問題なのです。
  食料の重量と輸送距離とをかけて算出するフードマイレージですが、日本のマイレージは1700万トンに上っています。国内だけでの需給であれば900万トンで済む換算です。小麦の国産とアメリカ産を、パン一斤の製造で比較しただけでも、日本で製造すれば冷房約4時間分のCO2の削減になることが判明しています。日本で農林水産の生産をきちっと位置づけることが、世界的なCO2の削減にもつながるという観点からも自給率を高める取り組みが必要だということです。

5. 日本の農業は生産性が低いのか

 日本の農業生産性は決して低いわけではなく、労働生産性が低くなっているだけなのです。アメリカと日本の農家を比較すると、一経営当りのアメリカの水田農業の規模は180haで、日本の農家(1.8ha)の約100倍の大きさがあります。農業という産業で一緒に競争しろというのはそもそも間違っていると私は思っています。古い歴史を持つ日本は、自ずと生産性の高い農業に取り組みながら日本の「食」を守ってきました。日本はその気になれば70〜80%の自給率は充分に可能だと思っています。今の39%という自給率を、国も当面45%、将来50%まで上げようと取り組む姿勢を打ち出しています。本当にそうすれば農業も農村も活性化し、地方経済も元気になります。

6. 新たな国の政策と兼業農家の位置づけについて

 今年5月、経済財政諮問会議において民間委員が農業改革の提言を行いました。「消費者のための農業改革」と題し、“企業型の農業経営”と“平成の農地改革”で食料自給力をつけるというのが主な内容です。また、一年前には、経済財政諮問会議のグローバル化改革専門委員会の一次報告において「EPA (経済連携協定)交渉の加速、農業改革の強化」が発表されています。
  私は地元新聞にこれらの提言に関する批判の文章を書きました。上記の提言では「日本は外国と仲良くして農産物はいつでも買えばいい。そして日本の農業をもっと強くしなければいけない、強くするためにはどうするかというと、4ha 以上の農家にのみ補助を与える、それ以下の農家には補助はしないが、20ha 以上にまとまって集落農業に取り組んでください」という内容です。つまり国は 「大きい農家だけを相手にする施策」をとった結果、昨年7月の参議院選挙で猛反発を食らい、「農業政策を変えなければ今度の選挙でも大変なことになる」と新たな政策の検討をはじめ、農水省では5月に「食料の未来を豊かにするするために」という方針を打ち出しています。
 食料に廻すべきものをエタノール化したり、森林を伐採してエタノールの原料にすることなどには反対ですが、耕作放棄地や休耕している日本の農地 (39万ha) を使って、エタノール原料米を栽培したりすることは意義のあることです。既に北海道では休耕地の一部を利用して、飼料米の作付けなどが始まっています。このような対策を行えば地方の活性化にもつながります。これは「農業政策予算」の問題でもあり、「今は外国から買ったほうが安い」ことを理由に生産調整(減反)を強制していますが、これからも外国から安い米を買うことができるのか、買うことによって国際価格の高騰を招いているとしたら、このままで良いのかという疑問が生じます。

7.「平成の農地改革」は本当に必要か?

 先の経済財政諮問会議の提出文書では「食料の安定供給は国の責務である。食料の未来を確かなものにするためには?」とも記載されています。その鍵は平成の農地改革だと財界人は言っています。現在の農業従事者の半分以上が65歳を越えています。休耕している39万haで、農業をやりたい人がやればいいと言い始めています。ではなぜ農地改革をやらなければいけないのか、本来、農業は農家自身が土地を所有して農業に従事することが最も理想的であると戦後の農地改革で謳われたはずです。これは「農地法」でいう「農地耕作者主義」の理念です。ところが60年も経ち、農地を切り売りして生計を立てている農家も出始めたため、「企業型農業」を導入し、株式会社に農業をやらせろといい始めているのです。
  しかし、本来の狙いはそうではなく、農地を保有したいのです。農業を少しやってダメなら農地利用の目的を変えて大型量販店の建設地にするかもしれない。これが「平成の農地改革」の背景にあると見ておくことが必要だと私は考えています。
  農業をやろうという意欲ある人たちに営農してもらうことはとても大切なことです。なぜ続けられないかというと、生産費を償えないために赤字に陥り、だんだんとリタイアしていくわけです。集落営農や農業に力を入れている法人経営もこれからの農業を支えていく重要な組織であります。このようなグループがこれからも続けていける農業政策も重要です。
  一方、兼業で小規模な農業を営んでいる方もたくさんいます。実はこれが殆どで、規模の大きい農家だけが日本の農業の担い手ではないのです。小さな農家の奥さん方が産直市などをやっているようなところがとても元気に農業をしています。また、人口が2千人にも満たない町で、高齢者が山林の“葉っぱ”を採取・事業化して3億5千万を売り上げている「彩り」という徳島県上勝町の事例もあります。このように日本の農業は、安全なもの、新鮮なものに工夫を加え、消費者と直接結びついている人たちが地域に活性化をもたらしているのです。経済財政諮問会議で言う、小さな農家は生産性が低いという考えかたは大いに問題があると思っています。

8. 政府の政策を変えるには?〜 的確な予算配分を 〜

 現在の生産者米価は13,000円台ですが、米の生産費は一俵当たり16,000円を越えています。つまり生産したほうが損をしているのです。米の価格については不足払い方式、つまり、生産費を下回った場合にはそれを補填するというシステムを導入すれば生産者はもっと意欲を持って米を作ることができます。そのためのお金はどの位かかるのか。自由化が始まった1995年の日本の農業予算は約3兆円でした。10年以上経った現在は2兆円まで下がっています。自由化が始まる前の農業予算は国の予算の8%、約4兆円にも上りました。1985年の国防予算も4兆円ありました。現在の国防予算は5兆円です。災害時などにおける自衛隊の存在も必要では有りますが、国民の命や生活を守るには食料がなければ大変なことになります。そのための予算が4兆円から2兆円に減って、国防費からアメリカに対し「おもいやり予算」2,400億円が使われている現実は受入れがたいものがあります。本当に国の安全、社会貢献を考えた場合、農業問題・食糧問題に学ぶべきところがたくさんあるのではないかと感じています。

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